群馬創価学会の歴史、平和・文化・教育への活動、池田大作名誉会長と戸田第二代会長を紹介します。

群馬のあゆみ

1946年(昭和21年)9月24日、戸田第2代会長が、戦後初の地方指導で、桐生市の故・宮淵弥次右衛門宅を訪問。この日が、群馬創価学会の歴史的な第一歩となりました。

1952年(昭和27年)には、県内初の地区(築地支部・高崎地区)が誕生。1960年(昭和35年)11月4日、池田会長 ( 当時 ) が出席されての前橋支部結成大会を開催。翌年4月3日、同じく池田会長(当時)が出席されて高崎支部結成大会が開催。

群馬の友の意気はいやましてたかまり、随所で拡大のうねりが巻き起こりました。

関東の耶馬渓と称される吾妻渓谷 (長野原町)

関東の耶馬渓と称される吾妻渓谷 (長野原町)

そして、1973年(昭和48年)6月10日、池田会長(当時)を迎えて、群馬高原スポーツ大会を開催。約6000人の群馬の友が、池田会長(当時)と記念撮影。「榛名の誓い」として、新たな群馬の友の原点となりました。

後に、この日が、「県の日」となり、毎年巡り来る「6・10」を目指して、前進の節を刻んでいます。

また、世界平和、そして民衆の幸福を願い、群馬創価学会はこれまで、展示・講 演・音楽祭など、多彩な平和・文化活動を通して、理解と共感の輪を大きく広げています。